嬉泉

Thinks

嬉泉の想

受容的交流の現場から

療育・保育における、受容的交流に基づく実践事例を紹介します

  • 【保育】0歳児:入所前の子育てに不安を抱えている保護者の支援
    【入所前:母親の孤立による子育て不安と入所前の取り組み】 生後5か月のYちゃんは、入所前は完全母乳で育っていました。保育所への入所が決まり、家庭で粉ミルクや搾乳した母乳の授乳を試みましたが、Yちゃんが激しく拒否するため、母親から相談を受けました。そこで、入所までの間は、母親から母乳を、父親からは哺乳瓶での授乳や、白湯を与えてみることを提案しました。また、母親は実家も遠方で、初めての子育てに常時不安を抱えている様子でした。入所までの期間は、電話や面談を通して、病気の心配や、睡眠時間が安定しないことなど、育児に対する母親の不安を受け止め、看護師や栄養士からの具体的なアドバイスを行うことや、行政機関の子育て支援サービスを紹介するなど母親のサポートに努めました。 入所が間近になったある日、母親から「Yちゃんが哺乳瓶からミルクが飲めないことや、まだ小さいYちゃんを保育所に預けることが心配で、自分が悪いことをしているように感じるので入所を迷っている」という電話を受けました。母親の気持ちを受け止めながら、入所については、父親と相談することを勧めました。後日、母親から入所を希望する連絡を受けたため、入所にあたり両親と保育所との面談を実施。そこでは、父親は多忙を理由に母親が一人で育児をしていること、それに対して母親は不安や不満を抱えている様子が窺えました。また、父親は、そのような母親の状態に困惑している様子でした。そのため、母親の気持ちを受け止め、父親が継続的に家事や育児に関われる具体的な内容を提案しました。 【入所後:父親の子育ての協力に向けての取り組み】 入所後は、父親が毎朝本児を保育所まで送るなかで、本児が父親の後を追うなど父子関係が深まっている様子でした。また母親は、復職も重なり気持ちの浮き沈みはあるようでしたが、父親のサポートや、本児が日を追うごとに保育所に慣れていく様子に励まされている様子でした。入所から半年ほど過ぎた面談で両親は、「入所前を振り返ると、入所で不安になっていたのではなく、育児に不安でいっぱいでした。保育所に相談できる現在は、安心して子育てができています」と語っていました。 【まとめ】 事例の母親の場合は、保育所の入所をきっかけに母親の育児への不安が表面化しました。まずは、母親の子育ての不安を取り除き、安定した気持ちの中でYちゃんと過ごせることを目指しました。保育所への電話相談やサービスの情報提供など、気軽に育児の相談をしやすい環境を整え、また、母親からの相談には、一つひとつ親身になって受け止め、母親との信頼関係を育めるよう努めたのです。その中で、育児への不安や、家庭の様子、父親のことなど徐々に母親は抱えている状況を打ち明けてくれるようになり、気持ちに添って話を聞くことや、より具体的なアドバイスが可能になりました。 育児に不安や孤独感を感じている母親は多いです。また、父親は母親の大変な様子を感じていますが、育児の仕方や、具体的な方法が分からず、育児に参加するきっかけを持てずにいる場合もあります。保育所を利用することで、育児の相談をできる存在に心強さを感じることや、保護者同士のつながりを持てること、自分の子ども以外の子どもの成長を見ることなどが保護者の安定につながり、赤ちゃんの健やかな成長に大きく影響をしています。乳児期の家庭支援は、育児に対する不安を受け止めながら的確なアドバイスをすることや、不安を抱えている保護者への細やかな支援が中心であり、その過程を通して、保護者とのよりよい信頼関係を築いていくことが大切なのです。
  • 【保育】1歳児:子どもの発達に応じた柔軟な保育
    【噛みつきが見られるMちゃんの様子】 5月ごろ、2歳の誕生日を迎えたMちゃんは、友だちに嚙みつくことや押し倒すことが多くなりました。言葉が未発達な1歳児は、とっさに噛みつくことがありますが、Mちゃんの場合は、噛みつきが見られる状況はさまざまで、子ども同士のやりとりの最中だけでなく、食事中や午睡中に隣にいた子を噛む、Mちゃんの横を通る子を押すこともあり、理由が分かりづらい場合も多くありました。3人きょうだいの末っ子であるMちゃんは、両親の子育てには余裕が感じられ、家庭状況は落ち着いている様子でした。母親は、保育所での噛みつきについては、「言葉で表現できるようになるまでは仕方ないですね」と、1歳児の発達にも理解があったのですが、度重なる噛みつきに母親は保育に対して疑問を感じている様子も窺えました。また、噛みつかれる子どもの保護者も、次第に「またですか」と表情が曇る保護者や、「子どもが、Mちゃんがそばに来ると怖がっています」と訴える保護者も現れ始めました。 【Mちゃんへの理解と発達に応じた柔軟な保育】 保育者は可能な限り個別に関わり、Mちゃんと担任の関係を深めていくこと、Mちゃんが好きな遊びに集中できるように環境を整えるなど、Mちゃんが安心して過ごせるように工夫を重ねました。また、この年度の1歳児グループは、5月生まれのMちゃんの後は、秋以降に誕生日を迎える子が多く、グループ内での月齢の差も大きかったのです。そのため担任は、食事や外出の支度など、Mちゃん以外の子どもの世話に追われて、先に支度を終えたMちゃんを待たせることが多くなっていました。それに対して、保育士や看護師、園長などが、1歳児グループに入り、担任と一緒にMちゃんのペースで移動や活動ができるように園全体で調整しました。 【保育所全体で協力しての保育】 2歳児グループでのMちゃんは、噛みつくこともなく、子ども達と楽しそうに遊ぶ姿があるため、1歳児と2歳児グループ合同での活動を増やしたところ、Mちゃんは2歳児グループで過ごすことを好むようになりました。保護者には説明して、Mちゃんが希望する時には2歳児グループで過ごし、戻りたい時は1歳児グループで過ごす生活がしばらく続きました。次第に、突発的な噛みつきが減っていき、担任と一緒に1歳児グループの女児とままごとをして遊ぶ姿が見られるようになり、Mちゃんに変化が現れ始めました。その間、園長や主任がMちゃんの母親や、他児の保護者の不安や不満を受け止め、また、Mちゃんの気持ちや、その気持ちを受けての関わりや取り組みを伝えることを継続していきました。その結果、噛みつきが減ったこともあり、Mちゃんや保育に対して、徐々に理解が見受けられるようになりました。 【まとめ】 本事例では、Mちゃんについてその背景を理解し、Mちゃんの気持ちを受け止めると共に、Mちゃんの発達段階に合わせた環境を整え、保育所全体で協力をしてグループにとらわれず柔軟な保育を実践しました。 Mちゃんは、発達の差がある他の子どもたちの行動に対する戸惑いや、分かりづらさからストレスを抱え、それが噛みつきとして表現されているのではないかと仮説を立て、2歳児グループとの活動を計画するなど、Mちゃんにとって過ごしやすい環境を考えました。周囲の子どもたちが生活や遊びの手本となって分かりやすい生活が送れるようになり、安心して過ごせるようになったのではないかと考えます。
  • 【保育】2歳児グループ:家族構成の変化に伴う家庭支援の変化
    【P君の気持ちと保育者の気づき】 休み明けの朝、2歳児グループの保育室に母親と登園したP君は、母親と離れることに不安な様子で、0歳児の弟を抱っこしながら朝の支度をする母親のスカートを握りしめていました。母親に週末の様子を聞くと、家族4人で水族館に出かけたとのことでした。また、「せっかく出かけてもイヤイヤが激しく、機嫌が悪いことが多くて、親は疲れて大変でした」と母親は困った表情で保育者に訴えました。 「イルカさんはいたかな?」とP君に話しかけると、「サメさんいたよ!」と教えてくれたため、サメの話をしながらP君に両手を伸ばすと、抱っこに応じてくれたので、一緒に母親を見送りました。引き続きサメの話をしていると、「しなかったよ!」と、P君が訴えるように言いだし、何をしなかったのか聞いても「しなかったの」と、まだ説明することが難しい様子でした。 「何かしなかったのね。なんだろうね、お母さんに聞いてみようね」と話しかけました。 周囲にいた子ども達も水族館の話に興味がある様子だったので、「みんなで水族館に行こうか!」と、ぬいぐるみや玩具を魚に見立て、水族館ごっこを始めてみたところ、P君も「サメこっちだよ」と友達と遊び始めました。子ども達よりも少し高い場所にある棚に、魚が泳いでいるようにパズルを並べていた子どもが「みんな~おいで」と他の子ども達に呼びかけたところ、子ども達が一斉に集まりました。 「見えない!」と子ども達が押し合いになったため、棚の近くに行くと、P君は「ねえ、抱っこ!」と、抱っこを求めてきました。P君を抱き上げると「あのね、抱っこしなかったよ」と先ほどの続きのように抱きついてきました。「P君は水族館でママに抱っこして欲しかったの?」と聞くと、「ママ抱っこしなかった」と繰り返し言い始めました。「では、ママがお迎えに来てくれたら、水族館の分も抱っこしてもらいましょう」「今は私が抱っこしてあげるよ」と抱きしめると、笑顔になり納得した様子でした。 【保育所の取り組み】 この日の職員打ち合わせでは、P君のことについて話し合いをしました。弟が生まれてから特に本児の自己主張は強くなり、両親共に困っている様子でした。それに対して送迎時や連絡帳を通して、両親の戸惑いを受け止めながら、本児の気持ちを伝えるなどしていましたが、「赤ちゃん返りとイヤイヤ期だから仕方がない。」と考えている様子で、上手く伝えることが難しく、担任も悩んでいました。 そこで、降園時間に母親と担任が、ゆっくり話ができるように園全体で調整をしました。そしてP君の迎えの時に、今日の出来事を母親に伝えると、「水族館では、弟がベビーカーに乗せると泣いてしまうので、私がずっと弟を抱っこしていました。だからP君は(抱っこして)と言えなかったのですね」と言って、P君を抱きしめました。この日の帰りは、弟を担任が、P君は母親に抱っこしてもらい玄関に向かいました。 【まとめ】 本児は、母親のお腹が大きくなり始めた頃から登園時に「ママがいい」と泣き、降園時には「帰りたくない」と泣くことが増え、何を言っても「イヤ!」と主張する姿が多くなっていました。子どもが発する「イヤ」の中にも、様々な感情があり、気持ちを言葉で伝えることが発達上難しいだけでなく、自分の置かれている状況や、母親の気持ちなどに遠慮してから言いだせない場合もあります。特にP君は、周囲の人の感情を敏感に感じ取りやすい気質のように感じていたため、両親の本児への理解が課題でした。 子どもの発達の喜びや育児の大変さに共感しながら、保護者との信頼関係を育むなかで、保育の様子や子どもの内面に添えるような保育者の関わりを、保護者に具体的に伝えていくことを積み重ねています。そのことは、時間を要する場合もあるが、保護者の子どもへの理解を深めていくことに繋がっています。
  • 【保育】3歳児グループ:子どもの学びたいこと
    ある時、砂場の砂を型でかたどり、木の枝を刺して遊んでいた3歳児に、保育者は様々な型を用意し、その型でどのような形ができるか見本を作って見せていました。しかし、その子は、その保育者が作ったものを壊して興味を示しませんでした。そこで、他の保育者が、様々な木の枝を用意し、その子が砂で作った形と同じものに、その枝を刺し、見せたのです。 すると、その子は、自分で木の枝を探し始め、集まった木の枝をいろいろな角度から刺しては、新しく刺せるものを作ったり、木の枝を折って大きさを調整したりと、楽しそうに遊びを発展させていました。 この事例を通して言えることは、保育所はあくまで子どもの学びの場であり、保育者の考えが優先される場所ではないことを物語っているということです。 この事例の子どもは、型を使って様々な形を作ることに関心を寄せているのではなく、かたどった砂に木の枝を刺す等して、アレンジを楽しんでいるのです。 今、子どもが学びたいこと・学ぼうとしていること、さらには子どもの「やりたい」を的確に把握し、その気持ちや思いに沿って、いかに子どもが創造性や主体性を発揮できるかを考え、導くための働きかけを行うことができるか。それが子どもの主体性を育てるうえで大切であり、保育者が主体となって提示したものが子どもにウケるかどうかは重要ではないのです。 保育所は保育者と子どもが生活を共にする場所なのですが、いかに保育者が子どもの主体性を育てるための黒子になれるのかが重要なのです。
  • 【保育】4歳児グループ:運動を楽しむ会を通して
    4歳児が『運動を楽しむ会』(小学校会場で運動をテーマに発表する行事)で何を行うか話し合ったときのことです。 何がやりたいか子ども達に尋ねると、ある子どもは凧揚げを提案。また、ある子どもは玉入れ。また、ある子どもは徒競走、ダンス、鉄棒などなど。子どもの人数分だけの提案が出されました。 その時の担当保育者が「じゃあ、全部やろう。」と言い、子ども達から出た提案内容を紙にまとめ、提案順にやらせてみたのです。すると、子ども達は自分が出した提案内容の時は楽しいようでしたが、他の提案内容は楽しかったり、楽しくなかったり。子ども達にとっては何とも言えない内容だったようです。 その後、どうだったか話し合ってみると、子ども達から「やることが多すぎて疲れた」「長い」「ごちゃごちゃしてる」等の意見が出され、さらにどうするか聞いていくと、「全部は多いから、いくつかにまとめよう」ということになったのです。 この後も、やってみては話し合うことを繰り返していき、最終的にどうなったのかというと、「徒競走的凧揚げ玉入れ」となり、実際にやってみた子どもたちも口を揃えて「すごい、楽しい」と言っていました。 話し合いの際、子ども達は各々が口々に意見を出し合うことが想定されます。この場合、よく保育所で見受けられるのは、子ども達同士で話し合っても意見がまとまらないことや、子ども達が出した内容を発表するのでは、保育士側の労力が大きいこと、発表時の見栄えを考え、保育士が考える方向へと導こうとしてしまうことです。 しかし、この事例では、子ども達の力を信じ、出されたすべての意見を実践することで、どうすれば一つの内容にまとめることができるのか、子ども達に考えさせる機会を与えました。このことによって、子ども達はこの発表を自分たちのことと受け止め、主体的に取り組んだと言えます。
  • 【保育】5歳児グループ:子どもたちの気づきを促す保育者の導き
    卒園式の出し物を子ども達が決めることになりました。子ども達と話し合うと、昨年度に卒園児の劇の発表を見ていたこともあり、「劇をやりたい」と全会一致でやることが決まりました。そこで、どのようなストーリーの劇にするか話し合うと『妖怪ウオッチ』『アナと雪の女王』等とその当時ブームになっている物語を口々にあげていました。 しかし、それらを知らない子どももいたので、皆が知っている物語にするよう担任が伝えると、桃太郎となりました。さらに配役等を話し合い様々なことを決めていきました。 実際に練習が始まると、2名の子どもが「自分は人前に立つのが苦手かも」と、決めた役をやらないと言い始めました。練習は気になるようで見学という形で参加するも、何日も何もしないといったスタンスで見学していました。ある時、担任がその様子に困り果てSV(スーパーバイザー)に相談しました。 SVが「劇は役者だけで成り立っているものではない。裏方があって成り立っている。どんな役割でも良いのではないか」と伝えると、担任はそのことを子ども達に伝えました。参加していなかった子どもは「じゃあ、その役(裏方)をやる」と言って練習に戻りました。その後は、劇に必要な効果のあれこれを自分が担当すると言って、自分の受け持ちを楽しんでいました。 近年の保育所や幼稚園での『お遊戯会』や『劇』を考えると、全員が主人公として参加できる内容に職員がアレンジすることが一般的になっているようです。 この事例でも、保育士の既存概念では裏方も役割の一つとした認識に気づけずにいたようですが、SVによりそのことに気づき、裏方も一つの役割として、子ども達が参加するにあたっての役割の選択を広げることができました。 そして子どもにとって「これだったら、自分もできる」「やってみよう」といった前向きな気持ちに切り替わりました。子ども達は自分なりの参加の仕方を見つけることができたことから、主体性を持って意欲的に参加することができたのです。